10月29日 報恩講法要

真言宗をお作りになったのは弘法大師ですが

一時低迷した際に真言宗を復興されたのが

興教大師・覚鑁上人です。

二大巨頭と言いますか

私たち真言宗にとっては非常に大切な方であります。

興教大師・覚鑁上人が亡くなられたのが

12月12日になりますが

雪深いこちらでは約1ヶ月早い毎年10月29日に報恩講を執り行っています。

佐賀県生まれの覚鑁上人は

13歳で京都仁和寺で出家し

奈良と京都を往復しながら仏教を学び、

20歳になると高野山に登り、

真言密教の復興に努力しました。

その後、鳥羽上皇の庇護を受け

伝法院、密厳院を高野山上建立します。

同時に根来付近を院宣により賜り、

覚鑁上人を筆頭とする大伝法院は大いに隆盛しましたが、

高野山の一部の人たちとの間に

確執を生じ拠点を根来に移すこととなりました。

康治2年12月12日(1143)に根来にて

49歳の生涯を閉じられます。

元久2年(1205年)頃には根来寺という呼称が

この頃までに成立することとなりました。

根来寺は現在新義真言宗 総本山となっております。

真言宗も幾つかの派閥に分かれておりますが

当山弘誓寺は真言宗智山派ですので総本山は京都にあります智積院となります。

お経を上げた本日、

お家に戻られた際はご先祖様にご報告ください。